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最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)967号 判決 1962年5月29日

上告人 嶌嵜源六

被上告人 嶌嵜ぎん

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

上告代理人鵜沢重次郎の上告理由について。

原判決は、本件贈与による被上告人の農地所有権取得はその実質を視れば、一旦なした被上告人の相続放棄が撤回されて遺産分割によつて右権利取得を生じた場合と少しも異らないとして、農地法三条一項但書七号の規定の趣旨に準じ、これに県知事の許可を要せずと判示しているが、民法九一九条一項の規定に照し、一度受理された相続放棄の撤回は許されないことに鑑み、原審の右判断は首肯し難く、又原判決は、本件家事調停による農地の所有権移転は農地法三条一項但書五号所定の民事調停法による農事調停によつた場合とその実質を異にしないから、本件権利移転には県知事の許可を必要としないとした第一審判決の理由説示をも是認引用しているが、家事調停と農事調停とは制度を異にし、家事調停による農地の権利移転を農事調停による場合と同視することはできないから、右原審判断も支持できない。

よつて、原判決が前示の如き判断を前提としたため、本件農地の所有権移転について県知事の許可の有無を認定判示することなく直ちにこれを有効と判断している点に審理不尽理由不備の違法あるものというべく、論旨は結局理由があるから、原判決は破棄を免れない。

よつて、民訴四〇七条により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 横田正俊)

上告代理人鵜沢重次郎の上告理由

第一点 原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈適用の誤がある。

一、原判決は、被上告人が本件農地外二筆の農地の所有権の取得は、遺産分割によつてではなく贈与によつて取得したものであるから、農地法第三条第一項の知事の許可を受けること要するものである。

しかるに被上告人は右許可を受けていないから同条第四項によりその所有権移転の効力を生じない旨の上告人の主張に対し、「亡嶌嵜仁平が昭和二十三年十一月四日死亡したので、配偶者である被控訴人、直系卑属である控訴人、中村津也、金坂みよ、嶌嵜好、斉藤とく、嶌嵜清がその共同相続人となつたが被控訴人は当時千葉家庭裁判所一宮支部に相続放棄の申述をして受理されたため被控訴人は右相続権を失うに至つたこと、及びその後右相続人である金坂みよ、斉藤とくの両名がその余の相続人である控訴人、中村津也、嶌嵜好、嶌嵜清の四名を相手方として同裁判所一宮支部に遺産分割の調停申立をしたが、被控訴人も利害関係人として右調停に参加し、同庁昭和二十六年(家イ)第二七号事件として調停が行われた結果、同年四月二十四日遺産分割の調停が成立し、右調停において被控訴人は別紙目録記載外二筆の農地を右相続人等から贈与されたものであることは、当事者間に争のないところである。……中略……

以上によつて考えると、被控訴人は本来亡嶌嵜仁平の配偶者として直系卑属である控訴人等と共に共同相続人の一人であつたのであるが、さきに相続放棄の申述をして受理されたため相続権を失い従つて遺産分割の調停に相続人として参加する資格を欠くに至つたので利害関係人としてこれに参加し、その相続財産の一部である本件農地の所有権を贈与名義で取得したものであるから、被控訴人が本件農地の所有権を取得したのは、一般の贈与によつて右権利を取得した場合と異り、実質上においては相続放棄を撤回し遺産分割によつて右権利を取得した場合と少しも異らないのであるということができる。農地の所有権が遺産分割によつて取得された場合は、その権利の移転につき農地法第三条第一項の都道府県知事の許可を受けることを要しないものであることは同条第一項但書第七号の明定するところであるが、右のように贈与により農地の所有権を取得した場合であつてもそれが実質上遺産分割によりその権利を取得した場合と異らない場合においては、その権利の移転につき右農地法第三条第一項、但書第七号の規定の適用を除外すべき実質上の理由はないものといわなければならないから、この場合においては右規定の趣旨に準じ同条第一項の都道府県知事の許可を受けることを要しないものと解するを相当とする。従つて本件において被控訴人が贈与により本件農地の所有権を取得するについては控訴人主張の知事の許可を受けることを要しないものというべきであるから、右許可を受けないことにより所有権移転の効力が生じない旨の控訴人の主張はこれを採用することができない」と判決された。

被上告人が本件農地を原審判示の経緯で贈与を受けた事実は争なく、農地の所有権が遺産分割によつて取得された場合は権利の移転につき農地法第三条第一項所定の許可を要しないことにも異論はない。

しかし、相続人が一旦有効に相続を放棄すればその効果は相続開始の時に遡つて相続権を失い、始めから相続人でなかつたことに確定することは民法第九三九条同法第九一条の明規するところである。従つて一旦相続の放棄をした相続人が後日他の共同相続人から遺産の贈与を受ける場合も所有権の移転については一般贈与の場合と法律上の性質効果に些の差異もないのである。

原判決は実質上は相続放棄を撤回し遺産分割によつて権利を取得した場合と少しも異ないのであるということができると判示したが、法律上有効に成立した相続の放棄は法定の場合以外後日に至つて撤回取消のできないことは前記法条上明らかである。

原判決は本件農地が亡仁平の遺産の一部であること、贈与有が共同相続人である事実にのみ着眼眩惑して判断した結果民法の相続に関する法条の解釈を誤り、延いて農地法の解釈適用を誤つた違法がある。

農地法第三条所定の許可は一般贈与の場合と、共同相続人間の贈与の場合とを区別していない。若し原判決の如く共同相続人間の贈与の場合には許可を要しないものとすれば相続の放棄後何時までの贈与を遺産分割の場合と同視するかの限界認定は至難で放棄後数年(本件も放棄後既に約二年半を経過している)極端な場合は数十年後において贈与を受ける場合、特にその一人のみから贈与される場合も同理となり、農地法第三条の法意は勿論、農地所有権の移動等について厳格に規制した農地法の立法趣旨も全く没却される結果となる。

農地法第三条第一項第七号は共同相続の場合も遺産分割の結果は単独相続の場合と同様相続開始の時に遡つて相続分に応じて相続したこととなる民法の規定に従い単に相続人が複数であるのみで被相続人の地位の承継に差異がないので単独相続との均衡上同一取扱いをして許可の除外事由としたものである。

二、原判決が引用する上告人の前記主張に対する第一審判決は「被告は、原告が本件農地の所有権を遺産分割によつて取得したものではなく、贈与によつて取得したものであるから農地法第三条第一項第四項により、県知事の許可を受けなければその効力を生じないと主張するが、同法第三条第一項第五号の規定により、農地の所有権移転が民事調停法による農事調停によつてされる場合は県知事の許可を必要としないのであり、このことは家事調停による場合も同様であると解すべきであるから、被告の右主張は採用できない。

けだし、農事調停も家事調停も裁判所の調停であることにかわりなく、農事調停にあつては民事調停法第二十八条により小作官又は小作主事の意見を聞くことと定められているけれども、家事調停にあつても農地に関する権利の設定、移転を目的とする場合は民事調停法第二十八条の精神に則り、家事調停規則第八条に従つて小作官又は小作主事の意見を聞く取扱いとなつていることは当裁判所に顕著な事実であり、仮にこれらの手続がおこなわれなかつたとしても、このことによつて調停を無効とすべきものではないからである。」と判示された。

即ち、農事調停も家事調停も裁判所の調停であること、農事調停の場合は小作官又は小作主事の意見を聞くこととなつているが、仮にこれらのものの意見を聞かなかつた場合も農地法上の許可を要しない旨の判断である。

しかし、民事調停法上の農事調停は同法第二五条に明規の如く農地等農業用資産の「貸借その他の利用関係の紛争」に関する調停についての規定であつて、本件のような農地所有権の移転については適用されない。

故に仮に家事調停も民事調停法上の農事調停の規定と、同様に取扱われるものとしても本件の場合に適用すべき限りでない。しかのみならず、民事調停法によれば農地等農業資産の利用関係の紛争事件の調停でさえ小作官又は小作主事の意見を聞かなければならないのであるから況して本件のような農地所有権の移動について右手続を遺脱した場合は農地法全体の趣旨上その調停は当然無効であると解すべきである。

原判決は農地法、民事調停法を誤り適用したもので破毀さるべきであると信ずる。

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